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健康とウェルビーイングを心理学から考える

病気にならず、心も体も健康であり続けたい。この願いは誰にとっても切実であり、だからこそ私たちは保健医療の制度や施設を整え、病気になれば病院で医師を頼り、医薬品や検査技術といった化学・工学の成果に助けられてきた。健康・医療心理学は、こうした営みと並んで、心理学が蓄積してきた知識をもとに、可能な限り病気にならずに心身ともに健康であり続けるための支援を行う応用領域である。

この領域が健康に取り組む視点は3つある。①健康な人が健康であり続けるという視点、②健康上のリスクをもつ人が病気になるのを予防するという視点、③病気の人がよりよい状態を実現するという視点である。本稿では、その出発点として、領域の成り立ち、病気と健康をめぐる歴史、健康の定義、医療のモデルの変遷、そして現代の新しい課題を順に見ていく。

1. 健康・医療心理学とは何か

1.1 2つの顔を持つ領域

健康・医療心理学は、心理学の応用領域の1つであり、心理学の知識を基盤として心身の健康づくりを行うものである。このとき、この領域には2つの側面がある。1つは心理学の応用的な専門領域としての顔、もう1つは健康・医療諸科学の一員としての顔である。心理学と健康・医療諸科学という2つの円が重なり合う部分に、この領域が位置していると考えるとわかりやすい。

心理学の応用領域という点からは、関連知識を持つことが領域の発展に必要になる。一方、健康・医療諸科学の一員という点からは、他の医療領域や専門家と知識を共有し、協働する価値のあるスキルを持つことが重要になる。この2つの知識や技術を同時に習得することが、この領域を学ぶ目標である。

なお、この領域は伝統的には「健康心理学」と呼ばれてきた。短く表現するときには健康心理学と呼ぶことが多い。逆にいえば、「健康・医療心理学」という呼び方には、医療の現場へも広がっていく将来への期待が込められている。

1.2 知識で終わらせず、実践する

この領域は、知識として理解するだけでなく、実践するものでもある。学ぶことで、自分の生活や習慣を見直し、知識を自分自身の健康づくりにつなげてほしい。それは、周囲の人たちの健康づくりを援助する基礎にもなる。心理学の理論を暮らしに引き寄せて使えることが、この領域の何よりの特徴だと言える。

1.3 4つの下位領域

健康・医療心理学は、取り組む対象の広がりによって、4つの下位領域に整理されている。

  • 臨床領域:個人の生活習慣の改善・治療、2次予防と3次予防
  • 公衆衛生領域:生活・労働条件、健康教育、健康増進、1次予防
  • コミュニティ領域:コミュニティづくり、アクション・リサーチ
  • 政策・文化領域:社会経済、文化、環境条件、政策と社会構造の批判と計画

一人ひとりの生活習慣というミクロな領域から、社会の仕組みや政策というマクロな領域まで、健康に関わる課題は多層的に広がっている。

2. 病気と健康の歴史:コレラと一人の医師の挑戦

2.1 1854年、ロンドンのポンプ井戸

疾病の発生を統計的に解析して、その発生や予防を提案する活動は、伝染病であるコレラの流行を食い止めようとしたJ.スノウの活動にはじまる。1854年にロンドンでコレラが流行したとき、スノウは詳細な調査をもとに、ブロード・ストリートの流行の原因がポンプ井戸の水であることを推測し、その使用を停止するという対策を提案した。彼が作成した疾病地図は、公衆衛生の歴史を象徴する資料として今も知られている。

このときスノウは、正確な原因(コレラ菌)を知るには至らなかった。それでも、どのような条件でコレラが発生しやすいのかを突き止め、そこからコミュニティがとるべき予防策を提案した。その提案は、ロンドンの上下水道という社会基盤の整備にもつながっていった。健康・医療心理学は、この実践的な科学の伝統のもとにある。

2.2 コレラは「昔の話」ではない

コレラは過去の話ではない。かつてまったくコレラの感染がみられなかったハイチでは、2010年の大地震後にコレラが流行し、1万人近くが死亡した。コレラ菌の科学的知識も現代の医療技術も、社会基盤のない地域では有効ではなかったのである。しかもこの流行が、地震災害のために派遣されたPKO部隊によってもち込まれたものであることを国連が認めるまでに、6年以上の歳月を要したという事実は、心に留めておくべきだろう。

伝染病の社会的影響が低下したのは、ワクチンの開発や抗生物質の発見と利用だけによるのではない。予防のための上下水道の整備や検疫制度などの社会基盤をつくる活動が成果をあげたことによる。その結果として、世界保健機関(WHO)は1980年に天然痘の根絶を宣言するに至った。

2.3 日本の結核、そして新たな感染症

歴史を振り返ると、樋口一葉(享年24歳)や石川啄木(同じく27歳)など、明治の文学者たちの中には結核のために亡くなった人たちが多い。結核は1950年頃までは日本中に蔓延して「国民病」と呼ばれ、命を落とす病気の代表格だった。

その後も、エボラ出血熱やHIV/AIDSなど新しい感染症が問題となり、21世紀になってからも、重症急性呼吸器症候群(SARS)や高病原性鳥インフルエンザが発生した。のみならず、結核も再び流行する可能性が指摘されており、新興感染症や再興感染症への対応のために、1999年から伝染病予防法等に代わり感染症法が施行され、状況に合わせて施行規則が改訂されている。

2.4 今日の健康問題:感染症から生活習慣病へ

近年、日本の平均寿命は、モナコ、シンガポール、マカオ、サンマリノなどの諸国とともに、世界的にみてきわめて高い水準にあり、特に女性ではきわめて高い。これは、日本の生活水準の向上や、医療技術の進歩と普及、公衆衛生の浸透などに支えられている。

このことは疾病構造の変化となって現れている。死因別死亡率の年次推移をみると、1950年に最大であった結核は急速に減少し、近年では、がん(悪性新生物)、心疾患、脳血管疾患、および肺炎の4大死因が中心となっている。

これらの疾患が増加したのは、感染症の予防や治療の結果として若年死が減少し、結果的に高齢者層が増えたことによるが、食生活・食習慣の変化、あるいは電化製品・自家用車の普及などによる日常生活や生活環境の多面的な変化の影響も受けている。その最たるものが、生活習慣病と呼ばれるものであり、「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等の生活習慣が、その発症・進行に関与する疾患群」と定義されている。

2.5 肥満と喫煙という2つの典型

循環器系疾患のリスク要因の大きなものとして肥満があげられる。おいしい食べ物がいつでも手に入る環境はエネルギーの過剰摂取を促進し、日常生活の活動不足によって消費エネルギーが減少すれば、仕事に追われて時間的余裕のない中年男性を中心に肥満が増大するのは当然である。これに対して、若い女性では痩身願望が広がっており、むしろやせの蔓延が問題となってきている。

喫煙は、心筋梗塞への悪影響と同様に、がんへの影響が疫学的に実証されており、たばこの箱には警告表示が印刷されている。これは、WHOの「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」が発効したことによる。しかし、日本人の成人男性の喫煙率は世界的には高いレベルにあり、また若年女性の喫煙率の増加などの問題に十分に対応できていない。

したがって、さらに健康で長生きすることをめざすためには、これまでの対策に加えて、適切な食事、適度な運動、禁煙などの健康的な生活習慣を形成することが、一人ひとりに求められている。日本では、現在、健康寿命の延伸をめざした国民健康づくり運動「健康日本21」を実施し、2002年には健康増進法が成立している。

3. 健康とは何か:その定義と意味

3.1 「私は健康です」と言い切れない時代

健康とはどういうことなのだろうか。健康は病気の状態ではないということなら、大部分の人は現在入院するような状態ではないので病気ではないということになる。かつては病気ではないことが健康と考えられてきたが、最近では、健康のとらえ方も多様になり、さまざまな活動も含めて総合的な健康をどのようにめざすかに焦点が移ってきている。

メタボリックシンドロームという言葉がある。成人を対象とした特定健診制度の対象となっているが、予備軍も含めた基準では40歳以上の成人男性の約半数があてはまるとされる。その状態がシンドローム(症候群)と呼ぶにふさわしいとすれば、40歳以上の男性の半数は健康でないと提案されているのである。

急性の疾患で命を落とすことが多かった時代には、健康とは病気でないというだけで十分であった。しかし、現在では慢性疾患に焦点が移り、それに伴って健康観は変化している。今では入院していないとか、医者にかかっていないというだけで、「私は健康です」とはいえない時代である。コンビニエンスストアには、健康のためと謳った飲み物や食べ物が並べられており、それらを買う人は、自分は健康だといいきれないと思っているのだろう。

3.2 「半健康」という中間状態

私たちはどうやら自分が半健康という状態におかれていると考えているようだ。病気の状態にはないが、全面的に健康だというわけでもないという中間状態である。それは、健康のために日常生活に気をつけるというよい面がある一方で、健康に対する不安が広がり、それが、さまざまな健康法や健康グッズ、健康食品、そしてダイエットなどの健康ブームにつながっているという側面もある。

3.3 WHOの健康の定義:ウェルビーイングという目標

1948年に発効したWHO憲章前文では、健康の定義は「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」とされている。つまり、何らかの病的な状態のないことが健康とはいえず、身体的にも精神的にも社会的にも最善の状態であるウェルビーイング(well-being)が目標となるという意味である。

このことは、それを実現するためには、単に疾病を予防したり、病的な状態を改善する努力だけでは不十分だということである。健康を実現するためには、より積極的な健康づくりが求められるのである。

3.4 WHOの歩み:アルマアタ宣言からオタワ憲章へ

WHOの活動としては、1978年に、「2000年までにすべての人に健康を」を目標に、国家や地域が包括的に取り組むべきプライマリヘルスケアという考えを打ち出した、アルマアタ宣言が採択されている。さらに、1986年にはオタワ憲章が採択され、そこでは、保健政策、支援活動、地域活動、個人スキル、医療の再設定を内容とする、ヘルスプロモーション(健康増進)が提唱されている。

3.5 幻に終わった「改正案」が示したもの

健康の定義に関しては、1998年にWHO憲章全体の見直し作業の中で、「完全な肉体的、精神的、スピリチュアル及び社会福祉の動的な状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」という案が検討されたことがある。最終的には改正に至らなかったものの、このことは、健康の概念の中に、QOL(quality of life)を支える大きな要因として精神性を含めたいという要請があること、また、健康と疾病の連続性をより重視するという考え方が強まっていることを反映している。

ここで登場したQOLの「life」は、人生とも生活とも訳すことができる。狭義には3次予防などの目標としての生活の質を指し、広義には人生の充実感や意義なども含む多面的な目標として、疾病の治療だけに重点がある医療を見直すために提唱されてきた。

4. 医療のモデルが変わる:生物医学から生物心理社会へ

4.1 生物医学モデル:急性疾患との闘いが生んだ考え方

私たちは最近まで、伝染病の恐怖とともに生活してきた。多くの人々が、急性の感染症や栄養不足などにより、若くして亡くなっていたのである。そうした中では急性疾患への対応が重要な課題とされ、病気と健康の状態は明確に分かれていて、病気のない状態をつくることが課題となっていた。

この課題に効果的に対応するべく発展してきたのが現在の医療制度であり、それを支えている考え方が生物医学モデルと呼ばれる。生物医学モデルでは、病気は身体的な状態としての疾患と考えられ、身体は心理的・社会的な現象とは独立している。そして疾病や身体障害は、損傷や生化学的な不均衡、細菌やウイルスの感染などによって惹き起こされた身体的現象と説明される。

この考え方によれば、特定の病気には特定の病気の原因があるとされる。これが、19世紀から20世紀にかけての数々の治療法の発見を支えた考え方である。病原菌あるいは病原ウイルスを明らかにすることと並行して、それに対する対策としての医薬品、ワクチン、外科治療が開発されてきた。

さらに、ゲノム科学を利用した新しい医薬品、コンピュータ断層撮影や核磁気共鳴画像による先端的な診断技術、心臓バイパス手術・臓器移植・顕微鏡手術などの先端的手術、遺伝子診断や遺伝子治療などの先端的な医療技術が、現在も研究・開発され続けている。

4.2 生物医学モデルの特徴

生物医学モデルの特徴は、物質主義的で、機械論、還元論であることにある。そこでは、あらゆる現象を最終的には生化学的なはたらきとして実証することができると考えている。疾病の原因として生物学的な原因だけを考えることで、心身二元論の立場に近いことになる。

また、疾病の還元論的なメカニズムに注目する。焦点を障害に絞っているためだが、このために健康よりも疾病を重視し、緊急の対応が求められる急性疾患への対処として、相手が望むかどうかに関わりなく介入し治療するという立場であり、父権主義(パターナリズム)的であったといえる。

4.3 禁煙支援が教えてくれる、このモデルの限界

実際には、喫煙をしている人たちに対して禁煙を熱心に勧めている良心的な医師が多数いることだろう。しかし、そのような努力は生物医学モデルからは保証されず、医師は禁煙を勧めるだけでは専門職として仕事をしたとは認められない。

地域や社会の健康づくりは、医学の中では公衆衛生(public health)と呼ばれる領域である。しかし、残念ながら医師の中で公衆衛生を志す人は多くない。制度的には、公衆衛生の中核を担うのは保健師であり、部署としては保健所や保健センターになる。そこでは、乳幼児健診、後期高齢者健診、予防接種などの活動を行っているが、変化する時代のニーズにスムーズに対応するのは難しい。健康増進を計画実施するために、心理職による健康・医療心理学の専門知識と実践が求められているといえる。

2006年から、日本でも医師は禁煙を望んでいる人たちを援助することによって診療報酬を受け取ることができるようになったが、それは援助ではなく治療としてである。ニコチン依存症という疾病があり、対象はその診断基準を満たすことが求められる。つまり、疾病概念とその診断基準を定めることで喫煙問題の一部に対応したといえる。

これは、習慣的で重度の喫煙者への援助となる大きな進歩であったが、喫煙者を増やしたいたばこ企業のターゲットとなっている若年女性への禁煙指導や、喫煙者の家族に対する援助はできず、これから喫煙をはじめる可能性のある若者に向けた喫煙防止のはたらきかけからも切り離されている。予防や健康増進ではなく、治療が診療報酬の対象となっているからである。

このことに例示されるように、生活習慣病に代表される慢性疾患が重要な課題となっている先進諸国においては、生物医学モデルだけでは、その問題に十分に対応できない。早期発見をするとしても疾病になってからしか対応することができないのである。

4.4 生物心理社会モデル:要因の相互作用として病気を捉える

この弱点を補うものとして提唱されているのが、生物心理社会モデルである。このモデルは、基本的には、健康と病気は、生物的要因、心理的要因、社会的要因の相互作用によって生じると考える。たとえば、生物学的因子として遺伝的な素因、心理的要因として喫煙習慣、社会的因子として医療サービスへの接近の手軽さなどが、特定の疾患(たとえばがん)の発症に影響を与えていると考えるのである。

生物心理社会モデルは、心身を統合的に考える立場であり、こころと身体はどちらも健康と病気に関わっているという立場である。これは、1977年に精神科医のG.L.エンゲルによって提唱されたものであり、患者の社会的な文脈や、社会が患者にどう対応しているかをふまえて、疾病を理解することの重要性を強調するものであった。この立場は、先にあげたWHOの健康の定義と対応している。

生物医学モデルと対比させていえば、生物心理社会モデルは、機械論・還元論に批判的であり、心身一元論的な立場をとっている。病気の状態だけに焦点をあてず、健康と疾病とは連続的につながったものと考えており、社会的要因を考慮してパターナリズムを排除している。これが、これからの医療を考えるうえで重要なモデルとされているのである。

4.5 生物心理社会モデルへの批判

しかし、生物心理社会モデルは、必ずしも生物医学モデルの問題を乗り越えたものとはいえず、いくつかの問題点も指摘されている。このモデルは精神分析や行動主義を背景にした時代のものであり、歴史的な価値しかないという意見もある。また、より本質的な問題点として、心理的要因および社会的要因とは何か、そして、それらはどういう相互関係にあるのかが、明確ではないという批判がある。このような意味では、生物心理社会モデルは、健康と疾病に関わるさまざまな要因があることを意識させ、その整理をする枠組みを示しているだけで、本来の意味でのモデルにはなっていないという指摘が正当かもしれない。

社会的要因をさらに重要視する立場からは、病気という現象は生物学的なものではなく、文化的・社会的要因が何が病気なのかを決定しているという、社会構成主義の主張もある。これは、生物医学モデルに基づく西洋流の医学的治療法だけではなく、それぞれの文化にふさわしい治療があるべきだという代替医療の主張にもつながるものである。WHOによる健康の定義の改正案からもうかがえたように、生物心理社会モデルも新しい挑戦を受けているといえる。

5. 健康・医療心理学の新しい方向性

5.1 健康格差:生まれや環境が寿命を左右する

最近、注目を浴びるようになってきたのが、さまざまな要因による健康格差である。健康格差とは、異なった集団間の健康状態に違いがあることをいう。つまり、特定の疾患になりやすい集団があり、そのために死亡する人も多いということである。集団の違いとしては、性別、人種や民族、移民、障害、地域、収入などの社会経済状態(socioeconomic status: SES)があげられている。

健康日本21でも参考にされているアメリカのヘルシーピープル政策は、健康格差を取り上げてきた。多様な人種や民族から構成され、国民の3分の1が自分をマイノリティだと考えているアメリカにおいて、健康格差は大きな課題であり、「ヘルシーピープル2000」(2000年版)では健康格差の縮小が、同2010年版では健康格差をなくすことが、2020年版では、さらに健康平等を実現することが謳われている。

5.2 国家間にも国内にも存在する格差

健康格差は、国家間の違いという現象としても認識され、2011年にWHOが公表した健康格差に関する文書の冒頭では、日本の平均寿命が83歳なのにマラウイ共和国の平均寿命はわずかに47歳であること、ヨーロッパでは1000人中13人まで減少している5歳前に子どもが死亡する割合がチャドでは5人中1人であること、そしてこれらの差には生物学的・遺伝学的な原因がないことが、指摘されている。

健康格差は、それぞれの国内にも存在しており、健康と社会階層や社会経済状態との間には、かなり明確な関係が見出される。社会階層ごとの標準化死亡率や乳幼児死亡率は、社会経済状態が低くなるほど一貫して上昇し、疾病罹患率も、変形性関節症、慢性疾患、高血圧、子宮頸がんの罹患率が、社会経済状態が低いほど高くなることが示されている。

5.3 心理学が格差に取り組む意味

一般に、健康・医療心理学の研究においては多くの場合、社会経済状態も測定されてはいるものの、心理要因の影響を検討するにあたり社会経済的変数の影響を除いて分析するために用いられることが多く、格差に焦点をあてることは少ない。しかし、この問題そのものに心理学的に取り組む必要性は高い。

この問題は、社会階層間の変動がよく生じる場合には軽視される傾向にあるが、日本では終身雇用が見直されるなど雇用のあり方が大きく変容しつつあり、今後、階層間の変動の少ない社会に移行していく可能性も否めない。それに伴って、社会階層による健康格差が拡大していくことも懸念されるため、効果的な対応が求められている。

5.4 健康寿命という新しい物差し

平均寿命に代わって重要な健康目標と考えられてきているのが、健康寿命である。平均寿命が長いだけで、健康が損なわれ生活の質(QOL)が低下した不自由な生活が長期間にわたって続くのは望ましいことではない。そこで、日常生活に制限のない健康寿命を評価し、それを延伸することがめざされるべきだと考えられるようになってきた。

日本人は、男女ともに平均寿命が世界的に長いが、健康寿命との差をとると、男性でも約9年、女性では12年以上が不健康な期間にあたる(2016年時点)。医療経済的な側面からみれば、不健康な期間は、医療や介護にかかる経費を必要とする。今後も平均寿命は少しずつ伸長していくことが期待されているが、その伸び以上に、健康寿命が伸長して、これらの差にあたる不健康状態の期間を短縮していくことが、個人のQOLを保つという観点から大切にされるべきである。

5.5 限られた資源をどう振り分けるか

また、医療経済としての社会負担を軽減するという観点からも取り組む価値は大きい。健康政策においても、さまざまな資源は有限であるので、どのようにそれを振り分けるかが課題となっている。健康問題の重要性の順位を判断する際に、健康寿命の延伸にいかに貢献するかという観点は、1つの根拠となる。健康日本21の目標設定にも、この観点は導入されているが、原点に立ち返りながら、常に検証していくことが必要である。

6. 考えてみよう:学びを暮らしに引き寄せる3つの課題

この領域は、知識として理解するだけでなく、自分の暮らしに引き寄せて初めて意味を持つ。次の3つの課題が、その入口になる。

  1. 厚生労働省のホームページから健康問題を1つ選び、その歴史的な経緯をまとめてみよう。
  2. 最近の新聞記事やニュースから、現在直面している健康問題に関連するものを選んで、今後どのように対応していく必要があるのかをまとめてみよう。
  3. 自分自身や家族の生活習慣の中で、健康上の問題につながる行動を選んで、どのように変えればよいのかを考えてみよう。

7. まとめ:「治す」から「育てる」へ

コレラの流行を食い止めたスノウの実践から、生物医学モデルの輝かしい成果、そして慢性疾患の時代における生物心理社会モデルの登場まで、健康と医療をめぐる考え方は、時代の課題に応じて大きく姿を変えてきた。その流れを貫いているのは、「病気をなくすこと」から「ウェルビーイングを積極的に育てること」へという、健康観の転換である。

現代の私たちは、「病気ではない」だけでは健康だと言い切れない半健康の時代を生きている。生活習慣の改善、禁煙や肥満への対応といった個人の努力だけでなく、健康格差という社会の構造にも目を向けること。平均寿命の長さだけでなく、健康寿命という「質」の物差しを持つこと。限られた資源を、何のために、どのように振り分けるかを問い続けること。心理学の知識と、健康・医療の諸科学が手を携えて取り組むべき課題は、一人ひとりの暮らしから社会全体の仕組みまで、広く深く広がっている。